-その15から続く-
今回は、ステンレスカーの歴史を回顧する連載の「最終回スペシャル」第2弾。というか今回が正真正銘の最終回ですが、今回は「ステンレスカーの新幹線車両は実現するか?」について、大真面目に論じてみたいと思います。半分ネタみたいな記事ですが、よろしくお付き合いのほどを。
これまで述べてきたことをおさらいすると、ステンレスカーのメリット・デメリットは以下のとおりとなります。
【メリット】
・ 塗装が不要になり、塗装にかかるコスト削減・労働環境の改善につながる。
・ 車体部材の「腐食代」を考慮しなくてよいので、普通鋼製車よりも薄い部材で車体を構成することが可能になり、車体の軽量化が可能となる。このメリットは、車体外板だけのステンレス車両(スキンステンレス)よりも、骨組みまでステンレス鋼で構成した車両(オールステンレス)においてより顕著となる。
・ 車体の軽量化により、単位重量当たりの出力向上及び軌道に与えるダメージの低減が可能となり、エネルギーコスト及び保線のコスト双方の軽減が可能となる。
【デメリット】
・ 普通鋼製車に比べるとイニシャルコストが高い一方、軽量化の効果はアルミ車には及ばない。
・ ステンレス鋼の地肌剥き出しの無塗装が無機的、没個性的に映り、一般利用者や沿線住民にはインパクトが薄い。
・ 無塗装でも定期的な洗浄をしないとすぐに車体が黒ずみ見栄えが悪くなる。
・ ステンレス鋼だけでは複雑な先頭形状を構成することが困難。
・ 事後の車体の改造、修繕が困難。
・ 気密性及び水密性では、普通鋼製車あるいはアルミ車に劣る。
新幹線車両には普通鋼製(0系。100系、E1系初代Maxなど)、又はアルミ合金製(200系、500系、N700系など)の車両しかなく、ステンレス製の車両は1両もありません。
その理由ははっきりしていて、ステンレス車両の製造技術では、新幹線車両に必要な「気密性」「水密性」を確保することが困難だったからです。新幹線車両は高速で走行し、かつトンネルも多くなっていますから、飛行機でいえば年がら年中乱気流の中を飛んでいるようなもの。そのような路線の環境で、車両の気密性が維持できなければ、乗客にとっての快適性が維持できないからです。だからこそ新幹線では、初代の0系から現在のN700Sに至るまで、気密性には意が用いられているわけです(もっとも、0系の初期車両では、気密構造なのは客室内だけで、デッキ・便洗面所部分は気密構造にはなっていなかった)。
ところで、これはステンレス車両の工法の話ですが、初期のスキンステンレス車両は勿論、オールステンレス車両でも第1世代から第3世代に至るまで、「面」ではなく「点」で溶接する「スポット溶接」を駆使して車体を組み立てていました。その理由は、ステンレス鋼が熱の影響を受けやすいから。普通鋼で行われる電気溶接のように長時間高熱に晒されると、ステンレス鋼の金属組織が変化して当初の機械的な強度が保たれなくなってしまったり、金属組織の変化でステンレスの特徴が失われたり、場合によっては溶接部の金属組織が変化して割れが生じたりする危険性があります。ステンレス車両の製造工程で、事実上スポット溶接しか使えなかったのはそのためです。
ここで「使えなかった」とあえて過去形で記したのは、第4世代「Sustina」を取り上げた際、レーザー溶接が使用されるようになり、スポット溶接のみに頼らなくてもよくなったから。レーザー溶接は、スポット溶接が「点」で行うものであるのに対し「面」で行うものであり、かつ入熱量も少なく済むので、ステンレス鋼の特性が失われずに済むメリットがあります。レーザー溶接が使えるようになったことで、これまでステンレスカーでは確保・維持することが難しかった「水密性」「気密性」について、ステンレスカーの製造技術は飛躍的に向上したといえます。
さて次に、それでは第4世代「Sustina」であれば「水密性」「気密性」が保持できるとして、新幹線車両にステンレス鋼がふさわしいかといえば、別の問題が出てきます。
それは、ステンレスカーのデメリットで4番目に挙げた「ステンレス鋼だけでは複雑な車体形状を構成することが困難」であることと、5番目に挙げた「事後の車体の改造、修繕が困難」であること。
まず先頭形状について。
単純な造形だった0系などとは異なり、現在はトンネル微気圧波の問題などもあって、新幹線車両の先頭形状は複雑化しています。単純なのは500系までで、700系は定員確保の要請もあってあのような形状になったのは有名な話です。ステンレス鋼で、果たして現在のN700系とか、E5系/H5系などのような複雑な形状を作ることができるのでしょうか? できなくはないのでしょうが、恐らくコスト的には引き合わないような気がします。
次に事後の改造・修繕が困難であることについて。
以前、南海の6000系が当初は海沿いを走る南海線への投入が予定されていたにもかかわらず実際には高野線に投入されたこと、京王でも井の頭線用の3000系投入から京王線への7000系投入まで実に22年間のブランクがあったことを指摘したことがありますが、南海線に投入されなかった理由、あるいは京王線にステンレスカーが投入されなかった理由は、「踏切と踏切事故の多さ」。つまり、そのような路線では事後の改造・修繕が容易な普通鋼製車の方が有利ということで、南海では南海線用には7000系、京王では3000系の翌年に普通鋼製の5000系を京王線用に投入しています。
そこで新幹線ですが、時折先頭部に赤いものが付着しているのを見たことがある方は多いと思います。あれは、鳥その他小動物が衝突した跡。ステンレス鋼であれば、恐らく衝突の衝撃でへこんでしまうものと思われます。実際の新幹線車両がそれほど大きくへこまないのは、先頭部をある程度頑丈に作ってあるからだと思われますが、それだとステンレス鋼を採用することによる軽量化の効果が減殺されてしまうことになります。
こう言うと「ステンレス鋼も鉄の一種なんだから、先頭部だけ普通鋼で作ればいい。そうすれば複雑な先頭形状が作れるし、事後の修繕もしやすい」という意見が来そうですが、それをやってしまったらステンレス鋼で作る意味がないような。
以上からすると、「ステンレスカーの新幹線は実現するか?」という冒頭の問いには、「否」、より正確に言えば「技術的には不可能ではないが現実的ではない」と答えることになります。
さて、最後はこんなことを大真面目に論じてしまいましたが、現在ステンレスカーはJR、私鉄、はたまた公営事業者、これらを問わず百花繚乱の感があります。60年の間に、製造技術も長足の進歩を遂げました。しかし最近は、銀色の電車ばかりで個性がないと揶揄されることも多くなったステンレスカー。それでも、その銀色の電車が日本の鉄道に残してきた足跡については、正当な評価をなすべきだと思います。そのことを強調して、連載を終えることにいたします。ありがとうございました。
-完-
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4986.にっぽんのステンレスカー60年史 その16 ステンレスカーの将来(後編)
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