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4001.485系・その栄光の生涯 その14 「特別急行」から「特急」への転身

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その13(№3991.)から続く

 

東北・上越新幹線の大宮暫定開業に伴う「57.11」から2年半経過した、昭和60(1985)年3月。この月の14日、懸案だった大宮-上野間の新幹線が開業し、東北・上越新幹線は上野へと乗り入れを果たすことになりました。

それに伴い、国鉄は「60.3」全国ダイヤ改正を敢行します。

しかし、ダイヤ改正に向けて新たに製造される車両は殆どなく、特急列車も例外ではありませんでした。他方で、このころから、普通列車・特急列車を問わず、大編成・小頻度で運転するのではなく、編成を短くして頻度を上げ(短編成・高頻度)、全体の利便性を上げる方がサービスアップ、増収につながると考えられるようになってきました。これは、あの「57.11」に広島地区のローカル列車で行った短編成・高頻度化が大きな成果を上げ、後に静岡など各地方都市圏に波及していったという「成功体験」がもとになっています。

そのような考え方の下では、いかに大編成で栄耀栄華を極めた485系といえども、短編成化は避けて通れない、ということになります。まさにこの「60.3」は、485系がそれまでの「特別急行」から「特急」への転身が決定づけられたダイヤ改正となりました。

 

「60.3」ダイヤ改正の概要は以下のとおり(485・489系に関する事項のみ)。

 

① 秋田・青森の485系について、改正前のT'cM'MM'MT'sM'MTcの9連を、グリーン車のないT'cM'MM'MTcの6連に変更。これにより「はつかり」「いなほ」「つばさ」(上野発着以外)はグリーン車無しの6連となる。上野発着の「つばさ」「あいづ」は、改正前と同じグリーン車入り9連を維持。

② 福井-青森間の「白鳥」を新潟で分割、「北越」「いなほ」に編入。

③ 「やまばと」廃止、「鳥海」臨時格下げ。「鳥海」はT'cM'MT'sM'MTcの7連を充当することとし、上野-秋田間の運転に変更。

④ 秋田-青森間に「むつ」登場。編成はT'cM'MM'MTcの6連。

⑤ 「たざわ」の一部が青森へ延長。

⑥ 「ひたち」は急行「ときわ」格上げで大増発され、同時に担当区所を仙台から勝田に変更。改正前の12連からT車を抜いたTcM'MM'MTsM'MM'MTcの11連となり、先頭車をボンネットスタイルに統一。貫通型・非貫通型先頭車は九州など各所へトレード。

⑦ 「白山」を1往復削減の上TcM'MTsM'MM'MTcの9連に変更、食堂車連結を取り止め。

⑧ 「しらさぎ」を9連に編成短縮、食堂車連結を取り止め。編成は「白山」と同じ。

⑨ 「北越」は「加越」と同じTcM'MTsM'MTcの7連に変更。この編成は一部の「しらさぎ」にも充当。なお、この7連にはボンネットスタイルの先頭車もお目見え。

⑩ 「雷鳥」から食堂車・グリーン車各1両を抜き、TcM'MTsTM'MM'MTcの10連に変更。一部は食堂車改造の座敷車「だんらん」を連結、TcM'MTsTsbM'MM'MTcの編成。

⑪ 「白鳥」(大阪-青森)を向日町に移管、「雷鳥」の「だんらん」抜き編成と同じ10連に変更。これにより「白鳥」から食堂車が消滅。

⑫ ⑦~⑪により、485・489系から食堂車連結・営業列車が全廃。

⑬ 1000番代・1500番代の一部が、初めて東北以外(向日町)に配属。

⑭ 紀勢本線に初進出、「くろしお」としてT'cM'MTcの4連を2編成併結した8連で運転。白浜-新宮間は4連とされたため、白浜での増解結容易化の必要から、簡易貫通型のクハ480(T'c)を改造により用意。クハ481-200の貫通扉が、営業列車で初めて実際に使用されることに。

⑮ 「有明」を閑散期TscM'MM'Mcの5連、多客期7連(電動車ユニットを1組増結)に変更。先頭車化改造車としてクロ480と、485系初の制御電動車となるクモハ485が新たに登場。浮いたボンネットスタイルの先頭車は全て勝田へトレード。

⑯ 「にちりん」はTcM'MTsM'MTcの7連に統一。

 

「57.11」に負けず劣らず、多岐にわたる内容ですが…。

上野発着の東北方面の特急の縮小は、新幹線開業の結果ですから当然ですが(③)、驚いたのは東北の485系が、改正前の9連からグリーン車無しの6連に短縮されたことです(①)。それでも新たに「むつ」が登場したり、「たざわ」の一部が青森へ延長されたりなど、運用範囲は広がっています(④⑤)。

そしてこの改正では、幹線系統の昼行急行列車の殆どが特急化されたのですが、常磐線も例外ではなく、「ひたち」は「ときわ」格上げを含め、実に23往復もの大増発が図られました(⑥)。しかも編成は11連の大編成。食堂車こそないものの、先頭車がボンネットスタイルに統一されたこととも相まって、往年の「特別急行」の威厳と貫禄は十分でした。

「ひたち」で趣味的に注目されたのは、481系としてのクハ481が充当されるようになったこと。これは、九州からトレードされてきたものですが、それまで西日本、せいぜい「はくたか」でしか見ることができなかったからです。勿論「赤スカート」ではないクハ481もトレードされてきましたが、その車もボンネットの「赤ひげ」がなく、そちらも愛好家の熱い注目を浴びました。もっとも、程なくクリームスカート・赤ひげ付きに改められてしまいましたが。

 

その他の系統でも短編成化が図られ、特に「最後の砦」だった北陸から食堂車の連結・営業列車が消えてしまったため、趣味的にはかなり寂しいものとなりました。この改正で、食堂車サシ481は全ての列車から外されています(⑫)。

食堂車を外された「雷鳥」「しらさぎ」「白鳥」「白山」はいずれも9~10連と短編成化が図られ(⑦⑧⑪)、特に「しらさぎ」には7連の編成も出現するなど(⑨)、かなり身軽になった印象がありました。しかし驚かされたのは、その浮いた食堂車を有効活用して、種車の食堂スペースをお座敷のセミコンパートメントに改造した「和風車だんらん」ことサロ481-500が出現したこと(⑩)。この車両のお座敷席は、個室寝台と同じように4人単位でセット売りするものとされ、よそのお客と相席になることはありませんでした。

また地味ですが重要な動きとして、「白鳥」が青森から向日町に移管され、気動車時代以来13年ぶりに同列車を向日町が担当するようになったこと(⑪)、東北を動かなかった1000番代が初めて向日町に配属されたことも(⑬)、指摘しておくべきでしょう。

 

そして何と言っても注目されたのは、直流電化のはずの紀勢線に「くろしお」用として投入されたこと(⑭)。「くろしお」なら381系ですが、当時の国鉄の財政状況に鑑み、現有車両の有効活用ということで、485系に白羽の矢が立ったものです。しかも編成は485系最短(当時)の4連。クハ481-200の貫通扉を営業列車が実際に使用する機会を初めて得たのもそうですが、この列車のために用意された改造車・クハ480は、485系の歴史に残る「キングオブ珍車」という異例ずくめ(これら改造車については、次々回以降に詳しく取り上げます)。しかし、流石に381系使用列車とは所要時間に歴然たる差があり、485系使用列車が381系使用列車と同額の特急料金を徴収するに値するものなのか、鉄道趣味界で結構な議論になったことがあります。

実はこの改正では、車両の総数を増やさずに編成数を増やしたため、先頭車が大量に必要となり、それは485系も例外ではありませんでした。その一環が「くろしお」用のクハ480であり、「有明」用のクモハ485・クロ480(⑮)だったわけですが、その他にも浮いたサハ481・489が、183・189系の先頭車に改造されています。

 

次回は、そのような先頭車化改造が深度化し、国鉄の経営形態変更をも見据えたさらなる効率化が図られた、昭和61(1986)年11月1日のダイヤ改正を見ていくことにいたします。

 

-その15に続く-


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