京王れーるランド突撃記、その2は保存車両。
既に管理人は、京王れーるランドが現在の場所に移転した後、平成25(2013)年10月と29(2017)年11月に訪れ、それぞれレポをアップしていますが(下記関連記事参照)、そのときから保存車両のラインナップは変わっていません。
いずれも現役時代末期の姿になっている(2410は除く)
2010系は正面に「多摩動物公園」幕を出しておりました。
前々回は「高尾山口」を出していた
どうやら、保存車両の方向幕は時折表示を変えるようです。前回あるいは前々回訪問時の記事と見比べてみてください。
5000系は高尾山口。
やはりこの顔は美しい
やはり初代5000系が、京王の車両の中では一番完成されたデザインではないかと思います。新5000系も、あれはあれで十分かっこいいのは事実ですが、それでも初代には勝てないような気がします。「思い入れ補正が入ってるだろ」というご指摘は甘受します(^_^;)
こちらは3000系が各停永福町、6000系が特急高尾山口。
6000系の赤い種別幕も懐かしいが…え、永福町???
現在の特急は、この6000系のような深紅の種別幕ではなく、オレンジ色のような幕になってしまいました。特急といっても、分倍河原と北野に停車するようになり、なおかつ高幡不動での分割併合はなくなってしまいましたから、6000系の現役時代と今はかなり違ってしまいました。
しかし「永福町」って…かつての井の頭線の車両基地は永福町にあったので、そのころなら永福町行きがあってもおかしくないのですが、車両基地が富士見ヶ丘に移された今、永福町行きというのは通常ダイヤでは存在しないはず(始発ならある)。だからこんな幕があったこと自体が驚きでした。
以下は3000系と6000系、5000系の側面幕を撮影しました。
まず3000系。こちらは「急行吉祥寺」「各停渋谷」という、前面とは打って変わって、至ってオーソドックスな表示となっております。こちらはノーキャプションで。
お次は6000系。この側面幕には驚きました。
南大沢!
南大沢は、昭和63(1988)年5月21日、京王多摩センターから相模原線が延伸されたのに伴い、暫定的な終端駅として開業した駅です。当初、京王は京王多摩センター-橋本間の一括開業をもくろんでいたようですが、南大沢-橋本間が用地買収などで工事が遅れている一方、南大沢地区から京王多摩センター駅までのバスの混雑がひどく、それを早期に解消する目的で、建設の進捗が早かった区間を暫定的に開業させたものです。
その後、2年もたたない平成2(1990)年3月30日に相模原線は橋本に達し、南大沢は中間駅となり、現在に至っています。
長々と申しましたが、「南大沢」の行先表示は、昭和63年5月から平成2年3月までの間、1年10ヶ月の間のみ見られたもので、現在は南大沢折り返し列車はなく、そのため非常にレアな表示となっています。
最後は5000系の側面表示。
懐かしい通勤急行
「通勤急行」はラッシュ時に運転されていた種別で、通常の急行がつつじヶ丘に停車しなかったのに対し、通勤急行はつつじヶ丘に停車するのが異なっていました。しかし「通勤急行」は平成4(1992)年に廃止されてしまっています。平成4年といえば、8000系の投入が開始された年でもありますが、ダイヤ改正を待たずして投入された8000系が、ダイヤ改正で消える通勤急行に充当されている姿を鉄道趣味誌で見たことがあります。
5000系にも充当実績はあったのでしょうか? このころの京王を管理人は全く知らないので、なんとも言えませんが。
そして反対側は、現在でも休日に運転される動物園線直通急行の表示。
「急行 多摩動物公園」
この列車は現在でも健在です。本数は土休日に1本だけ、上りの多摩動物公園発新宿行きはなしという、寂しい内容ではありますが。
【管理人注】
当記事はアップの時点では通し番号(ブログナンバー)を振りません。