当記事は、こちらの記事の続きとなります↓
聖ドミニコ学園から先は、「都立01」の独自区間となります。
ここから桜新町まで独自区間
なお、このあたりだったかで「都立01」は東名高速を跨ぎます。だからといって広い道路ではなく、どちらかといえば頼りない、狭い道路なのですが。かつてこんなところを、いすゞのCJMやBUなどの大型車がこともなげに行き来していたとは信じられません。それだけ当時は、運転士の技量が高かったのでしょうか。
次は「岡本一丁目」。実はこのバス停は、環八の交差点のそばにあります。
そして停留所案内も、次の停留所を単独で示すものから、次の次の停留所を合わせて示すものに切り替わります。その他、それぞれに英語バージョンもありますので、英語バージョンも入れると4通りの表記が切り替わりながら表示されます。2点をノーキャプションで。
黒地に、東急のコーポレートカラーである赤を効果的にあしらっているためか、極めて視認性に優れた表示となっているように思います。黒地に白字は都営バスも同じですが、あちらのアクセントカラーは緑色。川崎市は地色が青なので、ややこれらに比べると視認性では一歩譲ような。
ところで、管理人はこのとき、岡本三丁目→桜新町駅間の「都立01」の独自区間のバス停案内表示を全て撮影しようと意気込んでいました。しかしながら、その目論見は、岡本一丁目バス停で潰えることになります。
予期せぬ大量乗車
ここで予想外(と言っては失礼か?)の大量乗車があったため、管理人の着座位置から車内案内表示器を撮影することができなくなってしまい、ここから先の撮影を断念したということです。本当は進行方向左側最前列の「ヲタ席」に座れればよかったのでしょうが、ここは新型コロナウイルス感染拡大防止のため封鎖されており、やむなくこの場所の着座となったため、立客が増えればこうなるのは仕方ありません。
この後は桜新町駅を経由し、世田谷の複雑怪奇な道を進み、都立大学駅北口へ。
到着
都立大学駅北口付近が循環ルートになっているためか、既に行先表示は「成城学園前駅」に切り替わっていました。
バスのリアもいただきます。
「都立01」廃止後ここはどうなる?
実はこの場所は、目黒通りを通る「東98」「黒02」が発着していました。それでは当時の「黒05」「渋73」(→恵73→黒07)はどうしていたのかというと、ここから200mほど目黒駅寄りに下がった場所に同じ「都立大学駅」バス停があり、そこに発着していました。これは、この両系統が都立大学駅北口の交差点で右折するからですが、後に右折か直進かを問わず後方のバス停に発着が集約され、元「東98」「黒02」の発着していた「都立大学駅」バス停は、「都立01」の専用バス停となり、現在に至っています。
今月いっぱいで「都立01」が廃止されるとなると、次にこのバス停を使うのは、この前方にポールだけが立っている「都立34」でしょうか。しかしこちらの「都立34」も、失礼ながら先が長いとは思えないのですが…。
側面の表示も。
これも見られなくなる
いよいよ、廃止まで1週間を切りました。
本当は「黒05」を偲び、目黒駅から桜新町駅まで「黒07」に乗り、そこから「都立01」に乗るというバス旅をやりたかったのですが、諸事情によりかないそうにありません。というか「できなくはない」のですが、もう185系の「踊り子」ほどではないにしても廃止前のフィーバー状態に陥っていることへの危惧もあるため、出撃はしない方向です。
最後に。
「黒05」の短縮から四半世紀以上にわたり、「黒05」のスピリットを受け継いで走ってきた「都立01」に献杯。そして最後まで無事故で走ってくれることを祈念しています。